「蕎麦・旬菜 浅野屋」は、馬場口の交差点から早稲田方面に向かい、一本目の角を左に曲がった路地裏に店を構えている。大通りからでは見逃してしまいそうな、知る人ぞ知る隠れた名店である。店内に入ると、昼はボサノバ、夜はジャズがしっとりと流れる、お蕎麦屋さんとは思えないおしゃれで落ち着いた雰囲気。漆喰の壁と深みのある木のテーブルがスポットライトに照らされ、和の中にもモダンな空間を演出している。
浅野屋の創業は昭和35年、早稲田で開店して6年目。元々は下落合で両親が営んでいたお蕎麦屋さんを継ぐときにこの地に移転したという。東京最古の蕎麦店である「巴町砂場」で修行し、神田で140年続く老舗「浅野屋」からのれん分けを許されただけあって、しっかりとした本格そばが味わえるお店だ。
(掲載日:2012年12月23日)
蕎麦で重要なのは、なんといっても喉ごし。「浅野屋」では、荒挽きの粉を七三で丁寧に手ごねした後、特殊な機械で切ることによって、カドが立って引っかかりのある独特の触感を出している。細めの麺がつゆによく絡み、蕎麦とカツオのいい香りが口いっぱいに広がる。つゆは、まろやかでコクのある本返し。最低一週間は寝かせて香りと旨みを引き出し、新鮮なおいしさを楽しめるよう一か月のうちに使い切ってしまうそうだ。温かいお蕎麦と冷たいお蕎麦ではつゆの作り方に違いを出したり、時期によって蕎麦粉の産地を変えたりなど、きめ細かいこだわりが随所にみられる。
お蕎麦屋さんには珍しく、蕎麦以外の小鉢やおつまみメニューも充実。すべてに蕎麦つゆを使用して統一感を持たせつつ、様々な食材を味わえるように工夫しているという。オススメは、根菜のマリネ。和のイメージとその見た目から煮物のような印象をうけるが、食べてみるとビックリ!ほどよい酸味とだしの風味が根菜のしゃきしゃき感とマッチして、今まで食べたことのない爽やかなおいしさだ。通常お蕎麦屋さんに行くと野菜が不足しがちなため、体にもうれしい一品である。このマリネは「蕎麦御前」にも小丼とともにセットでついてくる。まさに「蕎麦・旬菜」の看板にいつわりなしの小鉢やおつまみの充実度だ。
この他にも、ひざかけやカロリー表、食後に自由につまめる飴なども用意されていているからか、ランチや仕事帰りに女性一人で訪れるお客さまも多いという。お店は和の雰囲気のなかに、バリ風を交えたような内装。ラーメン屋や居酒屋が多いこの界隈において、落ち着いた大人の時間を過ごせる貴重なお店である。厨房が見渡せるメインのカウンター席は、蕎麦をゆでる店主を眺めつつ会話も楽しめる。もちろんテーブル席と半個室もあるため、ランチタイムには会社員の方、土日には年配のご夫婦、家族連れなど幅広い客層で賑わっている。
仕事帰りに一人でふらっと立ち寄り、カウンターで季節の料理をつまみながら、ゆったりお酒をたしなむ。そんなゆったりとした楽しみ方もこのお店ならではの魅力。「浅野屋」で扱っているのは、ほとんど流通していない貴重な地酒「九頭龍」や、香り高い蕎麦焼酎「黒姫」など、厳選された自慢のお酒だ。好きな徳利とおちょこを、数種類から選べるサービスもうれしい。シメはもちろんお蕎麦で。最後にさらっと食べられる小さめのせいろは、お腹も心もやさしく満たしてくれる。
地元の方とのかかわりも大事にしており、月に一度、第二土曜日には、蕎麦の手打ち教室を開催している。自分で打った蕎麦のおいしさにハマり毎月通う熱心な方や、幼稚園児の女の子とお母さん、趣味の蕎麦打ちのスキルアップをしたい男性などが参加しているそう。あるときは常連さんがアメリカからのお友達をつれて体験に来たこともあったという。一鉢500g(約5人前)つゆ付きで、わずか3,000円というリーズナブルなお値段なので、この機会に自らの手で捏ねて打つところから蕎麦を味わってみては?
こだわりは?という質問に、「こだわりっていうんじゃないんだけど」と店主の佐藤さん。蕎麦はとても繊細なため、温度や湿度によって味が変わりやすい。毎日打ち方や水加減を微妙に調節しなければ、おいしい蕎麦にはなりえない。確かにプロとして気を遣ってはいるが、ただやらなくてはいけないことをやっているだけで、それを「こだわり」にしてしまうのはおかしいという。その日に一番おいしいものを、一番おいしい形で提供することが「当たり前」なのだ。
「こだわって凝り固まってしまうのではなく、お客さんに幸せな気分で帰ってもらうために何ができるのか、これからもずっと考え続けていきます。」きちんとまじめに、毎日おいしい蕎麦を打つ。店主の佐藤さんの人柄が伝わるお蕎麦、是非ご賞味あれ。(取材・文:加藤 稚菜)
ランチタイム/11:30~15:00
ディナータイム /17:30~21:00
日曜日・祝日 第2土曜