【早稲田松竹】9/12~18|『ビフォア・ミッドナイト』『6才のボクが、大人になるまで。』
今回お送りするのはリチャード・リンクレイター監督による『ビフォア・ミッドナイト』と『6才のボクが、大人になるまで。』の2本です。どちらも「時間」のテーマにこだわり続けるリンクレイターの、作家性の頂点ともいうべき傑作です。
『ビフォア・ミッドナイト』は、『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』『ビフォア・サンセット』と続いてきた「ビフォア」シリーズの第三作目です。晴れて夫婦になっているジェシーとセリーヌ。出会った時には20代だった彼らも、いまでは40代になっています。双子の娘を連れてギリシャにバカンスに訪れた二人は、前二作に引き続き、気ままな散策をしながら膨大なおしゃべりを展開していくのですが、表面上の陽気さとは裏腹に、日常的に潜伏していたお互いへの違和感や不満が次第に露わになっていきます。二人の意識は、どうしても初めてウイーンで出会ったあのロマンチックな一日に立ち返ってしまいます。そして現在の自分たちへの失望は増々濃くなっていきます。私たち、いったいどうしてこうなってしまったの、と。
役柄と同じく、実際に一作目から18年間歳をとったイーサン・ホークとジュリー・デルピーの肉体の摩耗は、あまりにもリアルに人生にともなう「痛み」を私たちに体感させます。時の流れの残酷さをこれほどヴィヴィッドに描き出した映画シリーズは、もしかしたら史上かつてなかったかもしれません。
とはいえ、本作の真価はシニカルなメッセージ(「結婚は人生の墓場ですよ」のような)を遥かに超えたところにあります。カップルが愛情を超えたその先に「それでも一緒に生きていく」、その一筋縄ではいかない絆のあり方もまた、真に迫った感動的な形で描き出されるのです。リンクレイターとホークとデルピー、長年友情を育み、年を重ねていったこの三人だからこそ生み出せた、辛辣でありながら人生への愛に満ちた一本です。
一方、『6才のボクが、大人になるまで。』もまた、キャラクターが俳優とともに歳をとっていきます。しかし本作のさらに驚くべき点は、なんと12年間同じ主要キャストで撮り続けられたものが、一本の作品になっていることです。
リンクレイター監督は物語の道筋はあらかじめ決めず、主人公の少年の実際の成長に合った展開を撮影ごとにキャストと話し合って決めていったといいます。さらには演技に影響が出るのを防ぐため、プロジェクト自体を極秘裏に進行、撮影したフィルムは映画が完成するまでキャストに見せなかったといいます。
その執念のような撮影スタイルから生み出されたのは、劇映画でありながら今まさに進行し、変化していく人生そのものを見ているような、唯一無二の映像体験です。一見すると何気ない日常が繊細に描かれながら、気づいたときには主人公のメイソンは声変わりし、顔や体はどんどん大人になっていくのです。
12年間の変化を3時間弱に見事に凝縮し、まばたきしている暇もないような驚きを生み出す編集の見事さは本作のひとつの肝です。同じく俳優の成長に合わせるように撮られた「ビフォア」シリーズや『大人は判ってくれない』に始まるフランソワ・トリュフォー監督の「アントワーヌ・ドワネル」シリーズ、あるいは日本のTVドラマ「北の国から」と本作が一線を画すのはこの点にあります。
実人生に寄り添った何気ない瞬間の集積とメイソン少年の目を見張る劇的な成長は、わたしたちをパトリシア・アークエット演じる母親オリヴィアの立場に自然に同化させてしまいます。彼女がクライマックスで嗚咽まじりにいう一言。それはオリヴィアの台詞であると共に、パトリシア自身の心からの言葉に聞こえます。そして同時にそれは、ここまで観てきた私たちの気持ちそのもののように重く、震えるほど感動的に響きます。歴史的と呼ぶにふさわしい、真にオリジナルな映画体験を約束してくれる一本です。
出典:早稲田松竹映画劇場(ルー)
ビフォア・ミッドナイト
BEFORE MIDNIGHT
(2013年 アメリカ 108分 ビスタ)
2015年9月12日から9月18日まで上映
開映時間 13:00 / 18:00
■監督・製作・脚本 リチャード・リンクレイター
■製作 クリストス・V・コンスタンタコプーロス/サラ・ウッドハッチ
■脚本 イーサン・ホーク/ジュリー・デルピー
■撮影 クリストス・ヴードゥーリス
■編集 サンドラ・エイデアー
■音楽 グレアム・レイノルズ
■出演 イーサン・ホーク/ジュリー・デルピー/シーマス・デイヴィー=フィッツパトリック/ジェニファー・プライアー/シャーロット・プライアー
■2013年アカデミー賞脚色賞ノミネート/全米批評家協会賞脚本賞受賞/LA批評家協会賞脚本賞受賞
列車の中で出会い、その9年後再会し、パートナーがいるにも関わらず互いへの愛に気付いた小説家のジェシーと環境活動家のセリーヌは、今やパリで家庭を築き双子の娘にも恵まれていた。友人の招きを受け、ジェシーの元妻と暮らしている息子ハンクも含めてギリシャでバカンスを過ごす一家。一足先にハンクがシカゴへ戻るためジェシーは見送りに空港へ向かうが、演奏会に行くと伝えたところ、母親がナーバスになるからシカゴには来ないでほしいと言われてしまい、ジェシーはショックを受ける・・・。
列車の中で出会った男女がウィーンの街を歩きながら“夜明け”までの時間を過ごし、再会を約束して別れた『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』(95)。それから9年後、ジェシーはウィーンでの一夜を小説に綴り、作家として訪れたパリの書店でセリーヌと再会する。ふたりが過ごした“夕暮れ”までのわずかな時間を描く『ビフォア・サンセット』(04)。そしてさらに9年後。美しいギリシャの海辺の街を舞台に、“真夜中”まで飾らぬ思いを語り合う。
余韻を残す前作のラストを観た誰もが気になっていた彼らの今を描き出すために、リチャード・リンクレイター監督、イーサン・ホーク、ジュリー・デルピーが再び顔を揃えた。ほとんどがふたりの会話で成立しているこのシリーズの魅力はもちろん健在で、冒頭の車中でのシーンから、仕事、家族、小説、過去、未来、あらゆることについてテンポよくおしゃべりが転がっていく。ロマンチックな出会いと再会を経て、おとぎ話の“その先”を生きるジェシーとセリーヌ。 そして今、本物の愛へと辿り着く、真夜中までの数時間が描かれる――。
6才のボクが、大人になるまで。
BOYHOOD
(2014年 アメリカ 165分 ビスタ)
テキサス州に住む6才の少年メイソン。キャリアアップのために大学で学ぶと決めた母に従ってヒューストンに転居した彼は、そこで多感な思春期を過ごす。アラスカから戻って来た父との再会、母の再婚、義父の暴力、そして初恋。周囲の環境の変化に時には耐え、時には柔軟に対応しながら、メイソンは静かに子供時代を卒業していく――。
2014年のベルリン国際映画祭で上映された1本の映画が世界を驚かせた。監督は、『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』から始まるビフォア・シリーズのリチャード・リンクレイター。同映画祭で彼に二度目の監督賞(銀熊賞)をもたらした『6才のボクが、大人になるまで。』は、6才の少年とその家族の変遷の物語を、同じ主要キャストで12年間に渡り撮り続けた画期的なドラマだ。
少年・メイソンを演じるのはエラー・コルトレーン。12年前にリンクレイター監督が見出した逸材だが、撮影初期の頃は手取り足取り演技の指示を受け、セリフも丸覚えしていたという。しかし成長するに従って、メイソンの役柄には次第にコルトレーン自身のキャラクターも反映されるようになった。また、育児に疲れたシングルマザーから、大学で教鞭をとる自立した女性へと変わっていく母親を演じたパトリシア・アークエットも、強い印象を残している。アークエットは本作で見事アカデミー賞助演女優賞を受賞した。
これまでどんな映画作家も試みたことのない斬新な製作スタイルと、歳月の力を借りながら少年の成長の過程を画面に焼き付けていくみずみずしい作風により、「21世紀に公開された作品の中でも並外れた傑作の1本」(NYタイムズ)と評された、映画史に残るマスターピース。米映画評集計サイトのRotten Tomatoesでは驚異の高評価100%を記録、アカデミー賞はじめ、アメリカ国内の数々の映画賞に輝いた。
出典:早稲田松竹映画劇場